士は己を知る者の為に死す 生嶋 誠士郎

士為知己者死『史記』刺客伝司馬遷)

数年前に観た映画『踊る大捜査線THEMOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ!』で、思わず「我が意を得たり」と言いたくなる場面があった。犯人が湾岸署の青島刑事(織田裕二)に叫ぶ。「組織なんか人をスポイルするだけだ。組織にいるから人間が駄目になるんだ!」と。青島刑事が笑顔を浮かべて返す。「組織も捨てたもんじゃないぜ。上司が良ければな」

そして事件解決後に、その上司の管理官に言う。

「シビレるような命令、ありがとうございました!」

青島を信じて組織の軋轢から身体を張って守ってくれ、その能力を信じてゴーサインを出してくれた上司への、心からの感謝であった。〝士為知己者死〟という有名な言葉を解説するに、上記の映画のシーン以上に付け加えることはほとんど無い。

自分を正しく理解し、正しく叱責し励ましてもくれる上司こそが、そういう組織長だけが組織に命を与える。関係を揺るぎないものにする。文字どおり命がけの関係であったローマの百人隊長を持ち出すまでもあるまい。

秋山小兵衛に対し、十手持ちの四谷の弥七が言う。

「先生のためなら泥棒だってしますぜ」

小兵衛の目は早くもかすかに潤んでいる。「御用をあずかる身で、おまえ、そこまで……」

(『剣客商売』池波正太郎新潮社)

筆者は〝士は己を知る者の為に死す〟という言葉がいかなる組織管理論も超越して存在していると、常々多少感傷的に考えるものである。人間が人間である限り、感情に生きる我らである限り、心によって数々の偉業をなしてきた人類である限り……と胸いっぱいの感傷を込めて、士は己を知る者の為に死す。

 

『暗い奴は暗く生きろ』

著者
生嶋 誠士郎
出版社
新風舎/22世紀アート
出版年
2007年