だったら、俺を捨てていけ 生嶋 誠士郎

これは、ごくたまにしか使わなかった言葉だ。

優秀な部下との意見の違い。路線をめぐつての論争。確かに彼の言い分にも理がある。しかし、自分の考 えも悪くはない。だが説得しきれない。相手が一筋縄ではいかない人物だから。

ここでいちばんマズイのは[路線対立]したままで組織が動くことだ。そこで窮余の一策。文字通りの捨て身 のセリフ。

『お前がそこまで言うなら、俺を捨てていけ』

この言葉でようやく部下が妥協してくれる。ぎりぎりの一致点を探して前進開始となる。

筆者は時折[三角形の二辺は一辺より短い]などと言っていた。これは、[経営においては意思決定と行動のスピードが大切な ので、最善らしい方針の検討にだらだらと時間を使うよりはともかく走り出して、カーブは大胆に曲がって 目的に達するほうがよい]という程度の意味である。リクルートの風土言語[戦略より戦闘](別項)も同 義である。正しい戦略が立てられる地点までは情報収集を兼ねて、ともかく走る、登るということ。

大切なのは組織の心理的共闘感だ。“ともに戦う”という高揚感こそが組織力を高める。

ともあれ捨て身の言葉で部下が心を決めて動きだせば、筆者の場合、後は寝ているだけだった。各論の 仕事は優秀な部下がみんなやってくれたから。実際によくソファに寝転びながら考えた。

「自分の給料は、どうみてもこの部下の人たちによってもたらされているんだな」と。しかし、それを口 に出すことはなく、ただ寝ていた。

『暗い奴は暗く生きろ』

著者
生嶋 誠士郎
出版社
新風舎/22世紀アート
出版年
2007年